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岡山地方裁判所 平成4年(ワ)1048号 判決 1994年7月22日

原告

松本武重

ほか三名

被告

松井隆司

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告松本武重に対し、金一六〇三万五六二四円及びこれに対する平成二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告岡田春美に対し、金八〇一万七八一二円及びこれに対する平成二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告松本真由美に対し、金四〇〇万八九〇六円及びこれに対する平成二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告は、原告松本圭介に対し、金四〇〇万八九〇六円及びこれに対する平成二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 平成二年一二月八日午後六時四三分ころ、倉敷市児島元浜町一〇二番地先県道上において、被告の運転する普通乗用自動車(以下「加害車」という。)が、倉敷市水島方面から倉敷市児島駅方面に向かつて走行中、左に進路変更を試みようと時速約六〇キロに加速したところ、折から道路を南から北へ横断していた訴外松本マサノ(以下「亡マサノ」という。)に衝突し、同女を路上に転倒させた(以下「本件事故」という。)。

(二) 亡マサノは、本件事故により全身打撲等による外傷性シヨツクのため同日午後八時四五分児島中央病院において死亡した。

2  被告の責任

被告は、自己のために加害車を運行の用に供していた者であり、前方注視義務を怠つた過失により本件事故を発生させたから、自動車損害賠償補償法(以下「自賠法」という。)三条又は民法七〇九条に基づき、原告らが本件事故で被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 治療費 一六万七二八〇円

(二) 入院雑費 一三〇〇円

算式 一三〇〇円(一日当たりの入院雑費)×一日

(三) 葬儀費 一〇〇万円

(四) 証明書費用 六〇〇〇円

(五) 亡マサノの逸失利益 二六二八万円

(1) マサノ五九歳~七二歳 二一〇〇万円

亡マサノは、夫である原告松本武重(以下「原告武重」という。)を介護、扶養していたところ、亡マサノの死亡当時原告武重は七〇歳であり、同人の平均余命は一二・六歳であるから亡マサノが生存していれば、事故後約一三年間は稼働していたものと推定される。同女の事故当時の年齢である五九歳の年収を三〇五万〇三〇〇円(平成三年女子労働者学歴計五五~五九歳賃金センサス)を基礎として、生活費を三〇パーセント、中間利息をホフマン方式でそれぞれ控除する。

算式 三〇五万〇三〇〇円×(一-〇・三)×九・八二一=二一〇〇万円

(2) マサノ七二歳~八五歳 五二八万円

亡マサノは、平成二年一二月九日から厚生年金の受給資格を取得することになつており、その予想基本年金額は年八九万六一〇〇円である。七二歳から同女の平均余命である八五歳までの一三年間受給が可能であつたと推定し、生活費を四〇パーセント、中間利息をホフマン方式でそれぞれ控除する。

算式 八九万六一〇〇円×(一-〇・四)×九・八二一=五二八万円

(六) 死亡慰謝料 二〇〇〇万円

亡マサノが本件事故による死亡のため被つた精神上の苦痛に対する慰謝料は金二〇〇〇万円が相当である。

(七) 損害の填補 一八二九万八九〇〇円

原告らは、損害の填補として自動車損害賠償責任保険から金一八二九万八九〇〇円の支払を受けた。

(八) 弁護士費用 二九一万五五六八円

原告らは、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として請求金額の一割相当額を支払うことを約した。(一)ないし(六)の合計金四七四五万四五八〇円から(七)を差し引くと金二九一五万五六八〇円となるから、その金額は二九一万五五六八円を下らない。

4  原告らの地位

原告武重は亡マサノの夫であり、原告岡田春美及び訴外松本正重はその子である。

右松本正重は、平成三年六月二〇日死亡した。原告松本真由美はその妻であり、同松本圭介はその子である。

原告らの他に相続人はいないから、原告らは亡マサノの被告に対する損害賠償請求権を法定相続分に従い原告武重が二分の一、同春美が四分の一、同真由美及び同圭介が各八分の一の割合で各相続し、原告らが支出した費用は右法定相続分に応じて各負担した。

5  結語

よつて、原告ら各自は被告に対し、自賠法三条又は民法七〇九条に基づく損害賠償請求として、原告松本武重は金一六〇三万五六二四円、同岡田春美は金八〇一万七八一二円、同松本真由美及び同松本圭介はそれぞれ金四〇〇万八九〇六円及び右金員に対する本件事故の日である平成二年一二月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び同2の各事実は認める。

2  請求原因3の事実のうち、(七)は認めるが、(五)及び(六)は否認し、その余は不知。

3  請求原因4の事実は不知

三  抗弁(過失相殺)

被告は、本件事故現場の手前交差点で自己の進行方向の信号表示が赤色であつたため停車し、青色信号に変更後発進した。ところが亡マサノは、自己の進行方向は赤色信号表示であるにもかかわらず、横断歩道から約三〇メートル離れた横断歩道ではない場所を横断したものであり、しかも一二月八日午後六時四三分ころで既に暗く、亡マサノの服装も紺色トレーナー等黒つぽいものであつたため、被告からは同女を発見しにくい状況であつたのであるから、亡マサノとしては、横断に際し十分に安全確認を行うべきであつたのにこれを怠り、加害車の直前を横断した過失がある。右過失の状況から、亡マサノの過失割合を八割として過失相殺を行うのが相当である。

四  抗弁に対する認否

抗弁の事実のうち、亡マサノが、一二月八日午後六時四三分ころ、自己の進行方向は赤色信号表示であるにもかかわらず、横断歩道から約三〇メートル離れた横断歩道ではない場所を横断した事実は認め、被告が、本件事故現場の手前交差点で自己の進行方向の信号表示が赤色であつたため停車し、青色信号に変更後発進した事実は不知、その余は否認する。

被告においても、制限速度を二〇キロメートル以上超過した時速六三・九五キロメートル(現場のスリツプ痕の長さから推測)で走行し、しかも左に進路変更を試みようとして自車の左後方のみに気を奪われ前方注視義務を欠いた重大な過失がある。また、夜間とはいえ本件事故現場は見通しがよく、信号機のない南北の道路が交差しているのであるから、被告はより前方の安全を確認すべきであつた。

以上から、亡マサノの過失割合は一割を越えることはない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

2  損害

(一)  治療費 一五万八二八〇円

成立に争いのない甲第四号証によれば、原告らが亡マサノの治療費として児島中央病院に対し、証明書費用として計上すべき九〇〇〇円を差し引いた合計一五万八二八〇円を支払つたことが認められる。

(二)  入院雑費 一三〇〇円

入院雑費としては一三〇〇円を相当と認める。

(三)  葬儀費 一〇〇万円

原告岡田春美本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証の三ないし二一、右原告本人の尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、亡マサノの葬儀が原告らの手により行われ、その費用は一〇〇万円を下らなかつたものと認められる。

(四)  証明書費用 一万五〇〇〇円

前掲甲第四号証、成立に争いのない甲第六号証の一及び二によれば、原告らが証明書費用として児島中央病院に対し合計一万五〇〇〇円を支払つたことが認められる。

(五)  亡マサノの逸失利益

(1) 労働収入喪失 金二〇九六万九八九七円

成立に争いのない甲第一〇号証、原告岡田春美本人の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡マサノは本件事故当時五九歳の健康な女子であること、亡マサノが主婦として家事労働を行つていたこと、原告武重は病弱で定職がなく、亡マサノが原告武重を看護、扶養していたことが認められ、成立に争いのない甲第一六号証の一、二及び壱番製織株式会社に対する調査嘱託の結果によれば、亡マサノの平成元年度の年間所得は一三七万一〇二〇円であること、同女が稼働していた壱番製織株式会社の定年は満六〇歳であり延長は六四歳まで可能であることが認められる。

以上の事実を総合して考えると、亡マサノは、本件事故に遭わなければ、五九歳の女子の平均余命の半分に当たる一三年間稼働することが可能であり、その間家事労働分も含めて五五~五九歳の女子労働者の平均賃金三〇五万〇三〇〇円(平成三年度賃金センサス)の収入を得られたものと認めるのが相当であり、生活費については三割を控除し、中間利息の控除につきホフマン係数を用いて死亡時における亡マサノの逸失利益の算定をすると次のとおりである。

算式 三〇五万〇三〇〇円×(一-〇・三)×九・八二一≒二〇九六万九八九七円(一円未満切捨て。)

(2) 老齢厚生年金受給権喪失について

原告らは、亡マサノが七二歳から八五歳までに受給できたであろう老齢厚生年金を逸失利益の一部として主張しているところ、成立に争いのない甲第八号証、倉敷東社会保険事務所に対する調査嘱託の結果によれば、亡マサノは、昭和四三年四月八日から厚生年金に加入してきたものであり、生存しておれば満六五歳に達したときからは老齢厚生年金の支給を受けることができたものと認められる。

しかしながら、老齢厚生年金は、主として被保険者である老齢者及びその被扶養者の生活の保障を目的として支給されるものであり、その理由のいかんを問わず死亡により受給権は消滅するものであるから、その受給権は受給者の一身専属権というべきであり、かつ、受給権者が当該年金によつて生活を維持した後になお財産として残ることを予定したものでもないから、前記労働収入喪失のほかに老齢厚生年金の受給権喪失を逸失利益として認めるのは相当でないというべきである。

(六)  死亡慰謝料 一八〇〇万円

本件事故の態様、結果に亡マサノの年齢、収入、家族関係等の諸事情を併せ考慮し、慰謝料は一八〇〇万円が相当と認められる。

(六)  以上損害額の合計 四〇一四万四四七七円

3  相続

成立に争いのない甲第一〇ないし第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告武重は亡マサノの夫、同春美及び訴外亡正重はその子、原告真由美は平成三年六月二〇日死亡した亡正重の妻、同圭介はその子であり、亡マサノの損害賠償請求権を法定相続分に従い原告武重が二分の一、同春美が四分の一、同真由美及び同圭介が各八分の一の割合で相続し、原告らが支出した費用を右法定相続分に従い各自負担したことが認められる。

二  抗弁(過失相殺)について

平成二年一二月八日午後六時四三分ころ、倉敷市児島元浜町一〇二番地先県道(以下、「本件道路」という。)上において、被告運転の加害車が亡マサノをはね飛ばし、同女が全身打撲等による外傷性シヨツクのために死亡したことは、当事者間に争いがなく、右事実にいずれも成立に争いのない乙第六、第七、第一三、第一五、第一六、第一九、第二一、第二二号証及び被告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、片側三車線、歩車道の区別があり中央分離帯のある幅員約二六・九メートルの幹線道路の車道上であり、最高制限速度四〇キロメートルの制限がある。現場付近は、直線で前方の見通しが良く、夜間の照明はやや明るい。本件事故現場は幅員約七・六メートルの道路と交わる交差点であるが、約三〇メートル離れた交差点に信号機の設置されている横断歩道がある。

2  被告は、本件事故現場の手前交差点で自己の進行方向の信号表示が赤色であつたため三車線のうちの中央の車線上で停車し、青色信号に変更後発進した。左に進路変更を試みようと時速約六〇キロに加速して本件事故現場に至つたが、後続車との車間距離を気にするあまり左後方のみに気を奪われ前方の注視を怠つたため、進路前方を横断中の亡マサノの発見が遅れ、約二・七メートルの距離まで近づいたところで同女に気が付き、急制動の措置を取つたが、ブレーキが効く間もなく自車前部を同女に衝突させた。

3  亡マサノは、自己の進行方向の信号が赤色表示であつたが、袋を持ち、黒つぽい服装でゆつくりと南から北へ本件道路の横断を開始し、道路の約三分の二を渡り終えた地点である道路中央から北へ約五メートル、中央分離帯の植え込みから西へ約一〇メートル離れた車道上で本件事故に遭遇した。

以上の事実が認められる。なお、衝突場所について被告本人は、スリツプ痕の開始地点付近であり、亡マサノが植え込みから出てきた旨供述するが、右供述は前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

前記事実によると、被告にも制限時速を二〇キロメートル超過した速度で、車線変更のため左後方に気を奪われ、横断者の有無の確認等前方を注視することなく漫然と走行した著しい過失があるが、他方マサノにも本件事故の発生につき、夜間、信号を無視して、近くに信号機のある横断歩道があるにもかかわらず横断歩道ではない場所を加害車との安全確認を怠つて幹線道路を横断するなどの過失が認められる。以上の双方の過失を考慮するとその六割を過失相殺するのが相当である。

従つて、前記損害額から六割を過失相殺すると一六〇五万七七九〇円となる。

三  結論

以上によれば、弁護士費用を除く損害額は一六〇五万七七九〇円となるところ、原告らが損害の填補として自動車損害賠償責任保険から金一八二九万八九〇〇円の支払を受けたことについては当事者間に争いがないのでこれを控除すると、本件事故による亡サマノの損害は既に全額支払済みであることになる。したがつて、弁護士費用の請求も認められない。

よつて、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松一雄)

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